双極性障害2型と生きる いつも上を見上げて 

うつ→双極性障害2型と闘いながら社会人やってます。時々ズッコケますが何とかやってます。この病気を一人でも多くの人に知ってもらいたいです。

ブログタイトルの由来

うつを患って約10年が過ぎた。この間に僕が得たものはなんだったのか、神はなぜこの様な厄介な友人を与えてくれたのか?それは僕にはまだわからない。ただ、この病気になって再発見したことはあった。美しく聡明でユーモアあふれる妻、スイマーとして限界に立ち向かっている息子、音楽の力に魅了されたおしゃまな娘。この家族がいなければ僕はとうの昔にうつに打ち負かされていただろう。家族を守るというのは本来なら父親の役目だが、うつのおかげで僕はそれを果たせなくなる寸前まで追い込まれたこともあった。うつはぼくをスーパーエンジニアのマイク・フラハティーからうつ病のエンジニアのマイク・フラハティーへ変えてしまった。そのため失ったものもあったが気づかされたこともある。うつを罹患しているというひとつの現実を除いた全てのものに対して神はぼくに選択の自由を与えてくださっている。つまりはどう感じるか、どう向き合うか、どう考えるかについては僕次第なのだ。そして明日の朝5時、鏡の前で抗うつ薬のカプセル三つを飲み込んでこう言うだろう。このときはぼくにとって一日の中で最悪の時間だ。鏡に映った自分の顔を見てネガティブな思いに支配された心が僕自身にいう。「今日は人生最悪の日になるかもよ?」でも僕は答える。「それならこれからどんどん良くなっていくってことだね。」

この10年間、いろいろなことを考えてきた。というより教えられたきた。人生を悲観するあまり自殺未遂もした。しかし先に述べたとおり気付かされたことも多い。人間関係の領域においてはぼくには家族をはじめとするぼくを支えてくれる大勢の人がいること。スピリチュアルな領域においてはぼくは福音主義プロテスタント(聖書を誤字誤謬のない神の言葉であると信じる主義)のクリスチャンだが、この病気になったときは神を呪いたい気持ちでいっぱいだった。しかし今はむしろ神との距離が近くなったいうこと。精神的な領域ではネガティブな思考というものは見方によってはポジティブな再定義も可能なものである、ということ。

このブログタイトルはぼくが自分のロールモデルとして尊敬している俳優、Michael・J・Foxの著書 "Always Looking Up"(邦題:「いつも上を向いて」)からヒントを得た。(というよりほとんどそのままだが ^^;)それはぼくがこの本を読んだとき、プロローグに書かれてあった、

「ぼくの歩みは一歩前進二歩後退のようなものかもしれない。
だが、パーキンソン病とともに過ごしてきて、大事なことは、
いつも上を向いて、その一歩を数えることだということを、ぼくは学んだ。」

という部分を読んだとき、涙が溢れてきた。まさに自分を励ます言葉だった。

それ以来、この"Always Looking Up"はぼくの祈りの言葉にも似たものになった。これはぼく的には「上を向いて」というより、より意識した行為である「上を見上げて」のほうがしっくりくる。 

それがこのブログタイトル、「いつも上を見上げて」だ。

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