双極性障害2型と生きる いつも上を見上げて 

うつ→双極性障害2型と闘いながら社会人やってます。時々ズッコケますが何とかやってます。この病気を一人でも多くの人に知ってもらいたいです。

奈落の底へ 2007年3月

ロサンゼルスでの会議は首尾よく終了した。専務からご褒美とお褒めの言葉を頂いたが、ぼくは諸手を挙げて喜べなかった。なぜならこの会議の終了はぼくのこの仕事の終わりをも意味していたからだ。

開発の仕事は必ず終わる時が来る。それは決してすべてが成功裏に終わるわけではない。中には「ビジネスにならない。」というエンジニアには納得できない理由で強制終了させられるときもある。そして次に何をするのか?というより次があるのか?という不安は必ずつきまとう。

今回のぼくの場合、その不安が異常に強かった。今となってはそれはうつからくる悲観的感情だと思うが、とにかくその時のぼくは異常だった。もう自分の未来はない、という感情でいっぱいだった。あれだけの大きな仕事をしたにもかかわらず。

一方でぼくの病状は悪化する一方だった。三環系の抗うつ薬が全く効かず副作用ばかりが出て、そのつど薬を変更する。抗うつ薬はその効果が現れるまでに時間がかかる。しかし副作用は次の日に現れる、という厄介な性質がある。しかもそれは同じ薬でも人によって異なる。

ぼくは三環系の抗うつ薬にかわってSSRI選択的セロトニン再取り込み阻害薬)のひとつであるパキシルパロキセチン)を処方された。しかしその副作用は最悪だった。次の日頭が割れるような頭痛が出たのだ。その痛みたるや人生の中で最も痛い頭痛、と言った感じだった。これに比べれば西遊記に出てくる孫悟空の頭の輪で締め付けられる罰もただのねじりはちまき程度ではないか?と思うぐらいだ。

次の日に即病院に駆けつけ、薬を変えてもらった。おなじSSRIだがデプロメールフルボキサミン)という薬だ。これは比較的穏やかに効いた。というより多少ましになった、と言ったほうが適切かもしれない。

一方、ぼくのうつの原因となった不眠症にはマイスリーレンドルミンに続いてデパスが処方された。デパスベンゾジアゼピン系の抗不安薬(今は向精神薬に昇格?)だが眠気を強く引き起こすのでぼくの場合睡眠薬として処方された。しかしそれでも中途覚醒(夜中に目が覚めて眠れなくなること。)や早朝覚醒(夜遅く寝ても朝の3時ぐらいに目が覚めてしまうこと。)に悩まされた。時には一睡もできない夜もあった。

話を仕事の話に戻そう。ぼくはだんだんケアレスミスが多くなり、それで多くの人に迷惑をかけるようになっていった。それが自分に対する自責の念になり、それが病状を悪化させる、という負のスパイラルに陥っていた。そしてそれはついにぼくのキャパシティーを超えてしまった。

「だめだ。ここから逃げ出したい。主よ、助けてください・・・。」

そう思った。

 

(注:抗うつ薬抗不安薬睡眠薬の作用、副作用は人によって異なります。これはあくまでぼくが体験したものです。)