双極性障害2型と生きる いつも上を見上げて 

うつ→双極性障害2型と闘いながら社会人やってます。時々ズッコケますが何とかやってます。この病気を一人でも多くの人に知ってもらいたいです。

そして休職 2007年4月

その日の夜、ぼくは家内に言った。
「もう限界だ。会社を辞めたい。」
ぼくはこのとき家内がどう言うか心配だった。当時はまだ長男が小学三年生、長女はまだ5歳だった。ぼくの収入が無くなったらやっていけなくなるのではないか?それが心配で今まで必死で耐えてきたのだ。家内から反対されることは覚悟していた。
しかし意外にも彼女は言った。「明日H先生のところに行ってどうしたらいいか相談しましょ。その結果退職になったらそれでいいじゃない。イエス様が守ってくださるわよ。」
「もし最悪の状況になってもぼくを見捨てないでくれる?」
すると彼女は、「健やかなる時も、病める時も。」、と結婚式の時神に誓った言葉を言った。ぼくは彼女を抱きしめて泣いた。

次の日、ぼくと家内は主治医のところに行った。
今感じているつらさ、自責の思い、周りからストレス等を話し終わると、H先生は言った。
「休職してください。半年間ほど。退職するのはいつでも出来ます。それよりまずは休職して治療に専念しましょう。実はマイクさんが入ってきた時にこれは休職した方がいい、と思いました。」
さすがプロである。後で聞いた話だが精神科医の診察は患者が入ってきた瞬間から始まっていると言う。
H先生はさっそく診断書を書いてくれた。

病名:うつ病
「上記のため、勤務は困難。半年間の加療を要する。」

さらにその次の日、ぼくは会社に行き上司に状況を説明した。ぼくの上司は厳しい人だが頭が切れ一本気のあり優しさをも兼ね備えた人で姿や性格から「森田健作」とのニックネームを持っていた。彼は「そうか…」と言って少しした後、
「オレはうつ病のことはわからない。でも今すぐ何をしなければならないかはわかる。」そう言うや否やすぐぼくと共に主治医のところに行き、会社として、そして上司として何をすべきで何をすべきでないのかを事細かくアドバイスをもらった。上司と主治医二人だけで話をしたのでいったいどんな会話が交わされたのかはわからない。しかししっかりと理解した様子だ。さすがに社内一動きのフットワークの軽い部長、と言われるだけのことはある。ぼくは本当にいい上司に恵まれている、と思った。

次の日から就職して初めての「仕事をしない日々」が始まった。