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双極II型障害と生きる いつも上を見上げて 

うつ→双極II型障害と闘いながら社会人やってます。時々ズッコケますが何とかやってます。この病気を一人でも多くの人に知ってもらいたいです。

苦しみの中で 2007年4月

ぼくは休職した。今までのように朝7時に起きて会社に9時前に出社し、仕事をして夜9時頃に帰宅する、という20年近く続けてきて当たり前となっていたルーチンが突然無くなったのだ。一日何もしないでベッドに臥せっている。かつて「一ヶ月ぐらい寝て過ごしたい。」と冗談で言ったものが別の意味で本当になってしまった。

うつ病の治療においてもっとも重要なのは休養だ。しかしぼくにとっては休養も拷問と変わらなかった。

ぼくにとって仕事というものは優先順位において一番ではなかったけれども、結構上位を占めていた。それはぼくのアイデンティティの大きな一部だった。

前にも書いたがぼくは今までの仕事が好きだった。おそらく元来がエンジニア向きなんだろう。小学校の頃から父親が仕事柄持ってくるいろいろな機械を見て、これはどうやって動くのだろう?と考えながら父が持っていたいろいろな工具を使って分解してまた組み立てる、という一人遊びをしていたことを覚えている。最も強烈な思い出は自転車のペダルを分解した上、その軸受けをも分解して中の玉を全て出してしまい組立不能になり父親から大目玉を食ったことだ。

英語についてもぼくはなぜか幼少時から英語の番組(セサミ・ストリートは特にぼくのお気に入りだった。)ばかりを見たり、アパートの隣に住んでいた大学生の部屋に入り浸りビートルズに夢中になってほかの子どもたちと「趣向」がかなり違っていたため、母親はこの子は大丈夫かしらと心配してぼくを医者に連れていったこともあるくらいだ。就職してわずか三年目にアメリカ駐在を熱望し右も左も分からない外国に4年間駐在するという「若さゆえの冒険」もした。そして英語の勉強は帰国後も怠らなかった。その結果前の記事に書いたとおりTOEICで975をとって社内トップにもなった。

それを全て失ってしまったのだ。喪失感だけがぼくに残った。ぼくは福音主義のクリスチャンだが、信仰というぼくのアイデンティティの最上位を占めているものすら揺らぎ始めていた。神との距離が遥か遠くに思え、どんなに「主よ、助けてください。」と祈ってもその祈りは神に届く前に消え失せてしまうような気がした。

この喪失感は家庭にも大きな影響を与えた。ぼくは常にイライラしているか落ち込んでいるかのどちらかで子供達に対する接し方も変わってしまった。息子はもう10歳だったためそうでもなかったようだが(しかし何らかの精神的影響を与えたのではないかと思う。)、まだ幼い娘はよくぼくになついていた。しかしぼくは彼女がうっとうしいと思うようになった。それを察したのか、娘はぼくと距離を置くようになった。この時に娘が涙目に妻に言った言葉は

「ダディー、怖い…」

だったらしい。

うつ病はぼくのアイデンティティで二番目に重要な「家庭」も崩壊の危機にさらし始めていた。まるでぼくの大切なもの全てを飲み込むブラックホールのように・・・。

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