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双極II型障害と生きる いつも上を見上げて 

うつ→双極II型障害と闘いながら社会人やってます。時々ズッコケますが何とかやってます。この病気を一人でも多くの人に知ってもらいたいです。

双極II型障害という宣告を受けて

ぼくの病気はうつ病から双極性II型障害へと病名が変わった。

それが全く心理的に打撃を与えなかったと言えば嘘になる。うつ病だった時はぼくの心の中には「いつか必ず治る」という希望があった。しかしこの「病名変更」はそれを木っ端微塵に打ち砕いてしまった。そればかりかその意味するのはぼくは今や誰しもがかかりうる「心の風邪」(個人的にはこの呼び名は今だに納得できないが。)ではなく、1000人に1人、という原因も治療法が見つかっていない病気に罹患している、という事実を突きつけられたのだ。

しかもうつ病に比べ何か病状が楽になるかというとそうではない。軽躁状態のときは周囲から見ると調子が良く見えるがぼくにとっては、と言うよりぼくも気がつかないうちに脳のエネルギーを大量に消費する。そして軽躁状態うつ状態が混合する混合状態では感情が非常に不安定になる。きっと次にやって来る抑うつ状態から逃げ出したいという無意識の抵抗があるからだろう。しかし抑うつ状態は容赦なくやって来る。それはうつ病の状態となんら変わりはない。体は鉛のように重く、ベッドから抜け出せなくなる。感情は願いと裏腹に不愉快なことばかりを考える。

しばらく(1月ぐらい?現在観察中)してそれを過ぎるとまた混合状態に突入する。最も気をつけるべき時はこの状態の時だ。ぼくの頭の中はうつ病のゆううつ感と軽躁状態のフットワークの軽さが混じっているため、衝動的に何かしでかす可能性が非常に高くなるのだ。それが外に向けられたときには仕事がガンガンはかどり、アイデアも次々と湧いてくる、という歓迎すべきことだが、内に向いたときは極めて危険だ。心に浮かぶ希死念慮(死にたいという思い)を必死に押さえつけなければならない。やがてまた軽装状態になるが、脳のエネルギーは常に消費され続ける。それの繰り返しが延々と続くのだ。唯一ぼくの脳が休まるのは睡眠のときだけだ。

ぼくは初め自分が何故こんな病気になってしまったのかを考えた。15歳という体の成長期からビールをしこたま飲んでいたせいだろうか?それとも18歳のときから7年間喫煙していたからだろうか?父親と母親の罹患歴を考えてみたが思い当たる節はない。

しかしこの「なぜ?」という思いと裏腹に、ぼくはある種の安堵感というものも持っている。それは今まで10年間抱いていた「なぜうつ病が治らないのだろう?」という疑問に区切りがついたということだ。

それはぼくにとって新しい生活がはじまったことを意味している。つまり感情と脳の調子をしっかりと見つめ、管理する、ということだ。難しいことではあるが自分の状態を客観的に分析し、その時々に応じてエネルギーをコントロールする。それが出来れば決して勝つことはできなくても負けることもない、と思う。

現に歴史の偉人たちの中にもこの病気にかかっていた人はたくさんいる。

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エイブラハム・リンカーンを見てほしい。ウィンストン・チャーチルを見てほしい。リンカーン双極性障害Ⅱ型を罹患しながら南北戦争を闘い奴隷解放宣言をし、「人民の人民による人民のための政治」という民主主義の根本原理を確立した。

ウィンストン・チャーチルは混合状態やうつ状態のときの苦しみを「私の黒い犬(my black dog)」と言ったが、それと闘いつつ、当時ヒトラー率いるナチス・ドイツがヨーロッパの殆どを席巻し唯一残ったイギリスへその牙を向いてきたとき、祖国を守り抜き最後に勝利を掴んだ。彼らの時代には気分安定薬向精神薬SSRISNRIもない。それでもこのような偉大なことをやってのけたのだ。ぼくに課せられていることは国家の一大事ではない。彼らができたのならぼくもこの人生を有意義なものとするとこができるのではないか?

ぼくは思った。自分は一人ではない。ともに戦う戦友たちがいる。もちろん、ぼくにとってこの病気に罹患する人が一人でも減ることが最大の願いであるが。