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双極II型障害と生きる いつも上を見上げて 

うつ→双極II型障害と闘いながら社会人やってます。時々ズッコケますが何とかやってます。この病気を一人でも多くの人に知ってもらいたいです。

ジェレミー・ブレット:But darlings, the show must go on. 「しかしみんな、ショーはこれからも続くんだよ。」

うつ、双極性障害を患った有名人

生い立ち

ジェレミー・ブレットは1935年イギリス、ウェストミッドランドに生まれました。

親は大手食品メーカーの経営者で家は裕福だったそうです。

そしてパブリックスクールのイートンカレッジに入学しますが、ディスレクシアのため苦学して卒業しました。

ディスレクシア=情報認識障害のひとつ。例)"1"と"one"が同じものであると認識ができない。他にも文字が左右反転、上下反転して認識してしまう、等の障害です。

演劇生活

その後セントラル・スクール・オブ・スピーチ・アンド・ドラマで演技を学び、1954年にマンチェスターで初舞台を踏みました。

1958年に女優のアンナ・マッセイ(俳優レイモンド・マッセイの娘)と結婚しますが、1962年に離婚。

彼の名を世界に知らしめたのは、1964年に出演した映画「マイ・フェア・レディ」でしょう。この作品で、オードリー・ヘプバーン演じる主人公に思いを寄せる若き貴族フレディを演じました。(ああ、あの人か、と思い当たる人もいるかもしれません。)

シャーロック・ホームズ

そして彼の名を不動のものとしたのが、1984年より放映されたグラナダテレビ版(日本ではNHKで放映)の『シャーロック・ホームズの冒険』でした。彼はここで主役のシャーロック・ホームズ役に抜擢されます。

ホームズの風貌や仕草、性格を完璧に体現し、まるで原作から本物のホームズが出てきたのではないか?と言われるほどのはまり役で大人気となりました。

「息を呑むほどの分析力、奇怪な変装術、落ち着いた雰囲気、複雑極まりない事件を解決するという熱意。ブレットこそは理想的なホームズである」
(アメリカの映画評論家メル・ガッソウ)

双極性障害との闘い

シャーロック・ホームズの冒険」の前、1976年にはアメリカ人のプロデューサー、ジョアン・ウィルソンと再婚しました。しかし1985年にウィルソンが癌で亡くなってしまいます。その後、再婚することはありませんでした。

彼はもともと双極性障害(Ⅰ型かⅡ型かは不明)を患っていましたが、その頃から病状が悪化。シャーロック・ホームズの撮影を一年間休むことになります。

ちょうどウィルソンが亡くなったのと、シャーロック・ホームズのTVが「ホームズの死」という最後のエピソードが重なったため、この先への不安からくる精神的な重圧によるものと考えられています。

1986年には新しいエピソードの撮影を開始しますが、皮肉にも過酷な撮影スケジュールがブレットをますます混乱させ消耗させる結果となってしまいました。

リチウム塩(双極性障害に用いられる気分安定薬)を服用しながら撮影を続けるも、リチウム中毒のため演技が難しくなっていきます。しかし本人は、

But darlings, the show must go on.
「しかしみんな、ショーはこれからも続くんだよ。」

と言ったとか。

晩年

晩年は双極性障害について人々にメッセージを配信し早期治療の大切さを訴えつづけました。

1995年、ロンドンの自宅にて心不全で逝去。享年61歳でした。

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