双極II型障害と生きる いつも上を見上げて 

うつ→双極II型障害と闘いながら社会人やってます。時々ズッコケますが何とかやってます。この病気を一人でも多くの人に知ってもらいたいです。

精神疾患の皆さん、自分を責めないで(改訂版&再放送)

みなさん、ごきげんいかがでしょうか?マイクです。今日は精神疾患、特にうつ病双極II型障害の人の病前性格について弁護したいとおもいます。以前に書いたものの改訂版です。

性格は面の裏表である

どんな精神疾患でも共通のことですが、患者が自分の中にある問題に気がついて、それに適切に対処するためには、その問題を欠点としてのみ捉えてしまうとうまくいかないと言われています。それでは患者は自分を攻めるばかりで浮かばれません。

症状であれ生まれ持った性格であれ、それは面の表裏です。かならず評価できる部分が存在します。

双極II型障害の他者に対する配慮

双極II型障害の人の場合、多くの患者さんに見られる性格として、この患者が持つ他者に対する健気なまでの配慮というものがあります。ぼくはこれは評価すべきものだと思うんです。

自分より他人を優先してしまうというこの態度はややもすると偽善、おせっかいなどのいわゆる欠点にもなりえますが、それを表に優先すべきではないと思います。

ぼくをふくめ、双極II型障害の人は健気さ、かいがいしさ、を健常者以上に持っています。常に自分より他人の都合を優先し、自分を無にしてとまではいかないまでも思いやりを持って生きてきたという一面があるのです。

そのおかげで感謝している人もいる

少なくとも双極性Ⅱ型障害の患者さんにはみんな彼らのお陰で助かった人がいます。彼らは誰かの役に必ず立っていて、人に感動や喜びを与えているんです。

これはありがとう、とは言われても、他人から憎まれる、という筋合いはないと思います。この点に対する共感はしてほしいなあ、と思うんですね。

双極II型障害の人は優等生で甘えベタ

双極II型障害の人たちはおしなべて「いい子でいようとする」という共通点があります。ぼくもそうです。しかしそれでいて「甘えベタ」です。人に甘えるのが下手で、逆に人の甘えをなんとかしてあげたいと思う。それによって自分の甘えたいという思いが満たされないことの代償を得るんです。これは親から厳しくしつけられたぼくは未だに自分の中にそれを見出すことがあります。

うつ病の人は生真面目で完璧主義

鬱病の人は生真面目で完璧主義、といわれます。よくこれがまるでいけないことのように言われることがありますが、生真面目で完璧主義の人がいなかったらこの世界はどうなっていたでしょうか?こういう人達がいるからこそ、この世界は成り立っているのです。だからうつ病の人はこれを誇りにこそ思っても、自分の欠点として捉える必要はまったくないと思います。ただ治療中はその荷物をおろして休めばいいだけのことです。

欠点は長所となりうる

今までぼくはそれらを自分の「欠点」として封印してきましたが、最近はやっとそれを許せるようになりました。自分は人に甘えてもいいのだ(むろん、ルサンチマン的な「当然の権利」的な考えはするつもりはありませんが)、自分に完璧主義でもいいのだということに気づいたところです。しかし甘え方や小休止の入れ方がやはりまだわからないところがあります。もういい大人ですから、マナー違反にならないようにうまく甘えるか、うまく休むかについてどうしたらいいのか?ということを考えているところです。

ここらへんについても、けっして双極II型障害うつ病の患者さんの性格が決して悪いものではない、むしろ世の中に貢献しているものだという理解をしていただければ、と思います。

 

それでは、また。