双極性障害2型と生きる いつも上を見上げて 

うつ→双極性障害2型と闘いながら社会人やってます。時々ズッコケますが何とかやってます。この病気を一人でも多くの人に知ってもらいたいです。

変えられるものと変えられないもの

ニーバーの祈り

主よ、変えられないものを受け入れる平静さと、

変えられるものを変える勇気と

それを見極める知恵をお与えください。

 

これはとても有名な「ニーバーの祈り」というものであるが、実際には作者不詳であるらしい。でも古くから伝えられている祈りだ。

ぼくのような双極2型障害の人間にとってはこの祈りは心に重く響くとともに、勇気を与えられる。

最近、病状が寛解期に入ったのかもしれないが、落ち着いて「変えられないもの」と「変えられるもの」をしっかり考えなければならない、と思うようになってきた。そのためにはまず現状把握が必要だ。

現状把握

まず最初は「双極2型障害の存在」だ。なかには「いや、わたしはこんな障害があるなんて認めない!、認めたくない!」という方もおられるかもしれないが、ぼくにとってはこれはどうすることもできない受け入れるしかない「事実」なのだ。

この障害を受けいれずに1日うちに閉じこもっていることも選択肢としてはあるかもしれない。しかしぼくは家族を養うという役目がある。この状況を改善しないとぼく一人だけでなく家族全員の一生が崩壊してしまうのだ。

ではこの障害がぼくに与えているものはなんだろう?それは以下のようなものだ。

  • 社会性の低下
  • 吸収力の低下
  • 主体性の低下
  • 思考力の低下
  • コミュニケーション力の低下
  • 活動力(生産性)の低下

一つ一つを上げると以下のような感じになる。

社会性の低下

これはうつや双極性障害にかかった人は誰しもが体験することだと思う。友人や同僚と一緒にいるのが億劫になり、自宅に一日こもりっぱなしになってしまう。

それがさらに自己嫌悪となり、ますます社会との接点が失われ、「負のスパイラル」に落ち込んでいく。

吸収力の低下

一度言われたことが覚えられない。何回も同じことを聞いてしまう。これには今も悩まされている。前回の記事にも書いたかもしれないが、ぼくの会社は外資系で、ぼくの仕事は海外の開発現場と日本の部品メーカーとの間の橋渡し役をする部署なので、一人が抱える仕事量は非常に多く、しかもそれを遅滞なく短い時間でこなしていく必要がある。そのためみんな他人の世話を焼いている暇はない。

会社に中途採用で入ったときも誰も仕事の仕方を教えてくれる人はいない。ただ、「この資料読んどいて。」と薄っぺらい英文資料を渡され、あとは自分で必要な情報を探し仕事のやり方を先輩社員(年下でも先輩である。)から盗んでいくしかないのだ。

そんななかで、「すみません。これについてもう一度教えていただけないでしょうか?」と言ったらどうなるだろう。最初の一回は「まあ仕方がないか。」で済むだろうが、ぼくは双極2型障害で記憶力が落ちているため、なかなかそれらを吸収して記憶に定着することができない。さすがに同じことを同じ日に三回聞いてしまったときは相手の顔が怒りにワナワナと震えていたことを覚えている。

「マイクさんは同じことを何回も聞いてくる!」

これがぼくの周りからの評価となってしまった。

主体性の低下

やらなければならないこと(学生なら勉強、サラリーマンなら仕事、主婦なら家事や育児、等)が前向きにできない。

これもうつや双極性障害の特徴であるが自分のタスク(仕事、やらなければならないこと)を「主体的に(言い換えれば自分の責任と自覚して)」しっかりこなすことができなくなる。これは朝イチから始まっていてぼくは片道1時間40分かけて会社に行っているのだがこの時間帯は「会社に行きたくない。」と言う気持ちでいっぱいだ。

また会社に行っても「このタスクは自分の責任だ。」という思いから逃げたくなり、どうしても言われたとおりの、いや、言われたことでさえできなくなる。そんな「逃げの姿勢」だから当然アウトプットの質は悪くなり、上司からは「こいつの業務遂行能力はこの程度か。」という評価につながり、その後はたいした雑用程度のものしか任されなくなる。

思考力の低下

これは「集中力の低下」とも言えるだろう。自分の思考がまとまらず、理路整然としたものにならない。上記の「主体性の低下」とも関連するのだが、タスクに対して受身の姿勢になってしまうため、どのように筋道を立てて考えればいいのかが考えられなくなり、「思いつき」で仕事をしてしまうため結果としてすべての仕事に対して期待されている結果を出すことはできない。

例えばメールを読む場合でも集中力が低下しているため、短いチャット程度の会話なら問題ないのだが、仕事のメールは延々と長いものが多い。これを読んで経緯を理解することができない。

また、特に会議の場において相手の言うことが理解できなかったり、また相手の言うことを鵜呑みにしてしまうことによって建設的な話し合いができなくなってしまう。

本来会議とは複数の人間(会社)が集まって合意を形成する場だ。そんな中にあって相手の言うことのみを受け入れるだけであれば会議を開く必要はない。

コミュニケーション能力の低下

うちのような外資系の会社の場合、みんな自分のことで精一杯なのでそんなに横のつながりがあるわけではなく、みんな黙々と仕事している。そんなときはいいのだが、問題は海外との電話会議のときである。もちろん共通語は英語である。ぼくはかつて双極2型障害を発症する前はTOEIC975を取ったことがあり、当時在籍していた会社で社内トップだったこともある。しかし双極2型障害を発症してからは日本語でもうまく考えられないのに英語で考えることが出来るわけがない。これによって国内ばかりでなく、海外での信頼度も落としてしまう結果となってしまう。

活動力(生産性)の低下

とにかく一つの仕事をこなすのに時間がかかる。なぜかというと一日の始まりにその日のスケジュールを立てるのは基本中の基本だが、それぞれのタスクの優先順位をつけることができず、一日が行き当たりばったりになってしまう。優秀な人は朝の通勤電車のなかでこれをぱぱっとおこない、会社につくとすぐにスタートを切れる人がいて、またあるノウハウ本にもそのことが進められていたが、残念ながらぼくにはそんな芸当はできない。朝の通勤でできることといえばせいぜい本を読む(しかも30分程度)しかできない。

 以上、これがぼくにとっての「現状分析」の一覧だ。病状がひどい時にはこんなこと考えなかっただろうが、幸いぼくは休職期間の終わりごろから病状が少し楽になってきた。そして会社に時短勤務ながら復帰した頃から、この現状を「変えられるものと変えられないもの」に分けて、「変えられるものを変えるにはどうしたらいいか?」と、もう少し深掘りしてみようと思うようになった。

 

(おわり)