双極II型障害と生きる いつも上を見上げて 

うつ→双極II型障害と闘いながら社会人やってます。時々ズッコケますが何とかやってます。この病気を一人でも多くの人に知ってもらいたいです。

変えられるものと変えられないもの ー 社会性 ー

前々回のおさらい

前々回の記事で変えられるものと変えられないものについてあげてみた。以下のとおりである。

  • 社会性の低下
  • 吸収力の低下
  • 主体性の低下
  • 思考力の低下
  • コミュニケーション力の低下
  • 活動力(生産性)の低下

順を追って今回は社会性について取り上げてみたいと思う。

社会性の低下の原因

ぼくの社会性の低下とは「人と話すのが怖い。」ということだった。その原因を作ったのは「電話会議の多さ」と「だれも旗振り役(これをファシリテートする、略して「ファシる。」という。)をしようとする人がいない。」ということだった。

当時ぼくは30件の案件を抱えていた。さらに6件が同時に新規で問題発生した。それに対し、「これは問題だ!」と騒ぐやつは大勢いたが、だれも問題を解決しようと動くやつはいなかった。

仕方がないのでぼくがファシる事になったのだが、みんな真面目に考えようとしない。おそらくこれはぼくのファシリテーターとしての進め方に問題があったのかもしれないがなんとか問題解決のための筋道とスケジュールを立てたところで力尽きた。

そこでぼくにとどめを刺したのが上司の言葉だった。

「なんでマイクがファシリテーターやってんの?」

参加者は

「さあ?まあ、いいんじゃね?やらせとけば。」

ぼくは極度の人間不信に陥った。そして出社できなくなった。

原因分析と対策

この二ヶ月間、ぼくは自分にはファシリテーターとしての資質がない、と思っていた。しかし投薬の効果が出始め、ある程度身体が動かせるようになるとあることに気が付き始めた。

 

原因

ぼくがこのような状態におちいった原因は以下のとおりだ

 

トラブルに対する責任感の強さ

これは社会人として必要なことなのだが、それがなんとなく重荷、というか抱えきれないもののように感じてしまう。

なんとか早く解決したいという思い

責任感の強さにも通ずるがすべてを自分でなんとかしてしまおうという焦り。

言葉の壁

特にIndian Englishとコックニー訛り(ロンドンの下町の訛り)が聞き取れなかった。ぼくはなまじTOEICでは満点に近いスコアを取ったこともあり、それが逆にプライドとなって「今なんて言ったの?」と聞けなかったのだ。

 

ぼくが出した答え

ファシリテーターは交通ガイドである

ファシリテーターとは会議において司会だ。しかしみんなその役割に気がついていない。実はファシリテーターは極端な言い方をすると自分の意見を言う必要すらない。参加者の意見が発散しないようにガイドしていくだけの存在である。

そしてファシリテーターに求められるのは

  • 議題
  • 会議終了の条件設定(何を決定したら会議終了とみなすか?)
  • 結論の確認
  • 次回への宿題(何を?、誰が?、いつまでに?)

これを決めるだけでいいのだ。ぼくはかつてDVDフォーラムでこのことを学んでいたのだが、すっかり忘れてしまっていたのだ。

会議のファシリテーションの方法についてはいつか記事にしたいと思う。

なんでも自分で背負い込まない

ファシリテーターがあくまでもガイド役だと気がつくとぼくの頭脳は急にエンジンがかかった。例えば会議を円滑に行うためには先程の「何をいつまでに準備しておけばいいか?」がわかってきたのだ。そしてそれを関係者に予め検討をお願いしておく。それだけで会議の進み具合は劇的に変わる。

なんでも自分でやろうとすると必ず破綻をきたす。独りでできるなら会社はぼく一人だけいればいい。それが出来ないからこそ他のメンバーがいるのだ。

英語は所詮外国語

今や英語は英米だけでなく、インド、中国、東南アジアも含め国際語である。当然のことながらその国の数だけお国訛りがある。イギリスだけ取ってみてもイングランドのひとはスコットランドの英語が理解できないことが多々あるらしい。

ましてやノンネイティブのぼくがインド訛りやコックニーがわからなくても恥じることない。堂々と「わからないから書いてくれ。」といえばいいのだ。会議の進行の遅れが気になったがやってみるとわからないまま進むよりほかのメンバーの再確認にもなるのではるかにいい、ということがわかった。

良好な主治医との関係を築く

ぼくが自分の抱えている問題を答えが出せないまでも客観視できるようになったのは、休息とそれに伴う治療による寛解が大きい。

ぼくは今回の休職期間中、バカ正直なまでに主治医の言いつけを守った。散歩をしろと言われればそれを実行した。体重を減らせと言われればそれも実行した。処方薬についてもしっかりと報告をした。

すると確実に寛解へと向かっていったのだ。

いつかの記事に書いたように、正直に自分の気持をさらけ出すべき相手は友人、彼氏、彼女、家族だけではない。重要なのは主治医だとぼくは思っている。主治医はまたその気持に対する答えも持っている。そして病状を寛解させることができるのも彼らだけである。ある程度寛解しないと自分の弱点を冷静に分析するどころか、仕事に行くこと、家事などの普通のことすら出来ない。それゆえ主治医との関係は最優先すべきことだということだとぼくは思う。

 

(おわり)