双極性障害2型と生きる いつも上を見上げて 

うつ→双極性障害2型と闘いながら社会人やってます。時々ズッコケますが何とかやってます。この病気を一人でも多くの人に知ってもらいたいです。

小人の姿をとった天使 ー 考えすぎていては前に進めない ー

会社での現状

仕事をする上でいろいろ工夫をしているが、若干の改善はされたもののそうは簡単に仕事の成果が上がるわけではない。おそらく年単位の継続が必要だろう、と思っている。

職場で誰も口を聞いてくれないのは相変わらずだし、それがぼくの中で対人恐怖症となって仕事に支障が出る。それがまた周りからの悪評価につながり、ますます口を聞いてくれなくなる、といって悪循環に陥っていく。

想像してほしい。職場にいながら誰も口を聞いてくれず、仕事上どうしても聞かないといけないことを聞いても疎まれ、「まためんどくさいこと聞きやがって。」と思われるか、「なんでこんなことも知らないの?」という顔をされることを。

針のむしろだ。

悪魔のささやき

昨日は度重なる外出と会議のため、精神的にも疲れていた。

ぼくはふと、つい最近電通の社員で過剰労働が元でうつになり自殺した高橋まつりさんのことを思い出していた。

その時、ぼくにささやきかける声があった。

「もう死んじまえよ。お前会社のお荷物なんだから。」

さらに次の言葉がぼくに『死へのあこがれ』を駆り立てた。

「遺書に思いっきり書きたいことを実名で書いて会社のビルの屋上から飛び降りろ。そうしたら今までお前を追い詰めている連中に復讐できるぜ!」

ぼくは会社に行くまでの間、その考えで頭がいっぱいだった。

遺書を書き始める

ぼくは職場に着いて、いつものように一日のスケジュールを組んだ。試合開始だ。

しかし朝イチからある人から情報を貰わなければならず、そのメールを書いたのだがいざ送る段になると送信ボタンが押せなくなってしまった。

そしてぼくはメールを送る作業を中断し、遺書を書き始めた。

特にいままで嫌な仕打ちを受けたこととその相手の名前をひとりひとり上げて、恨みつらみを細かく書いていった。

小人からのささやき

ところが書いている最中、なぜか昔読んだ本、「チーズはどこへ消えた?」を思い出した。

ネタバレになるので筋は言えないが、突然起きた壊滅的な変化に対応できない人に向けて書かれたものだ。

その中で心に浮かんだのは、

「恐怖がなければ自分はどう行動するだろうか?」

という登場人物のひとりである小人のホーが言ったセリフだった。

それはそのままぼくの自分に対する問いかけになった。「まてよ?もしこの対人恐怖症にも似た思いがなかったとしたら、俺はどう行動するだろうか?」

答えは簡単明瞭だった。「遺書なんか書かずに今、自分がすべきことをやるだろう。かつて自分ができていた頃のように。」

ぼくは考えた。「人がどう思うか?を考えすぎていたら前に進めない。自分を前に進めることができるのは自分だけだ。」

さらに思った。「自分を批判する人は大勢いるが自分を理解してくれる人は彼らより多い。家族、友人、教会の人たち。等。」

ぼくは書いていた遺書を削除した。そして先程送ろうとして送ることができなかったメールを失礼がないかもう一度読み返して、「送信」ボタンを押した。もちろん心臓はバクバクしていたが・・・。

昨日は仕事をしていて何回も同じ思いをした。上司からは「マイクさんにはこんな苦情が来ている。」と言われた。彼は改善を求めているのだろうが、ぼくにはそれは自信を失わせるのに充分な材料だった。

しかしその都度、「この『ネガティブな思い』がなければ自分はどう行動するだろう?」と自問自答しながら前に進むことを選んでいった。もちろん、それは平坦な道ではなかった。試行錯誤を繰り返しながらであったが・・・。

聖書の言葉

わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。・・主の御告げ。・・それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。あなたがたがわたしを呼び求めて歩き、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに聞こう。もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう。

小人のホーはひょっとしたら神様が使わされた天使だったのかもしれない、とぼくは思った。

 

(おわり)