双極性障害2型と生きる いつも上を見上げて 

うつ→双極性障害2型と闘いながら社会人やってます。時々ズッコケますが何とかやってます。この病気を一人でも多くの人に知ってもらいたいです。

【閲覧注意!ネガティブ記事です。】自殺未遂と機能不全家族と劣等感

実はぼくは先週から「プチ休職」を命じられている。

なんか先週の初めから調子を崩してしまい、気分が急降下してるんだよね。

具体的には「自分の価値の低さ」という抑うつ状態に特有の状態になってるんですよ。

いままで半年ほどいい感じで会社で仕事できてたもんだから超ショックでした。有休も使い果たしてしまい、三日間欠勤になってしまったことがとても残念。また来週会社で怒られるのか〜と思うと本当に「俺って使えねやつと思われてるんだろうな〜」と思いましたね。

自殺未遂

そんでね、正直に言うけど昨日自殺未遂しました。方法は言わないけど理由は先に書いたこと、あとたまたま自宅で誰もいなかったこと、などなど。

もう本当にどうしようもなくて。これから休職、復職を繰り返してみんなに迷惑をかけるんだろうなあ、家族を養っていく自信もなくて、これならいっそ死んだほうが家族に保険金入るしマンションのローンも払わなくて住むし、っていう今から思うとあまりにも短絡的な理由だったんですね。

でも結局死にきれなかった。理由は死ぬのが怖かったから。やってみてとても苦しかったから。

普段から「自殺はダメだ!」と言っておきながらこのようなことをしてしまったなんて残念に思うよ。

でもね、「死ぬこと」って本当に苦しいんですよ。「楽に死ねる方法」って絶対ないと思う。例えば首吊りにしてもODにしても拳銃自殺(まあこれは日本ではあまり出来ないけど。)にしても切腹にしてもリスカにしても、まず楽には死ねない。相当の苦しみを味わうことになるんだよね。

唯一あるとすれば、それは「老衰、病死」とかの自然死、つまり天命なんだろうなあ、と思わされたね。

実際にその苦しみを味わった者として思うのが、「死ぬことの苦しみに比べれば人生の大半のこと(双極性障害Ⅱ型も含め)はなんとかなるんじゃないか?」ってこと。

自殺の苦しみって神がぼく達に与えたセイフティーネットなのかもしれない。

あと、もう一つ、ぼくを生還させたのは、「人間が一人自殺すると最低でも6人の心に深いキズを負わせる。」ということだったんだよ。

その6人の中には愛する家族がいた。かけがえのない友人がいた。彼らのことを考えると、「あ、やっぱり生きていたほうがいい。」と苦しみの中で思ったね。

ぼくが育った機能不全家族

ぼくはこれも正直に言うけど、いわゆる機能不全家族で育ちました。

ぼくは一人っ子で生まれたんだけど、なんか近所のおばはんが「一人っ子は甘やかせて育てちゃダメ。厳しく育てなきゃダメよ!」と言われたのを学のない両親は真に受けて、ぼくを厳しすぎる程に育てた。

ぼくは親から褒められた記憶が殆ど無いんですよ。今思い出せるのって2つぐらいかな?

でもその反面、怒られたことはたくさん鮮明に覚えてる。

手の甲に今も残る小さな無数のアザはぼくが怒られたときに母親に「折檻」と言う名のもとに燃えるマッチを押し付けられたあと。

父親には顔が膨れ上がるぐらい殴られたこともしょっちゅうだった。次の日学校に行ったら先生から「どうしたんだ?」とびっくりされたぐらい。

母親にハサミで額を突かれて血が吹き出したこともあった。

あと、両親は決して褒めることをしなかったね。テストで60点だと

「どうして60点しか取れないんだ!」と怒られ、

70点だと

「どうして70点しか取れないんだ!」と怒られ、

80点でも

「どうして80点しか取れないんだ!」と怒られ、

90点でも

「どうして90点しか取れないんだ!」と怒られ、

100点取った時は

「お前が100点だったらみんな100点だろう!」

とまるで相手にされなかった。「頑張ったね。」って決して言わない両親だった。

そんな家庭の中でぼくは幼稚園児のころから、

「親を怒らせると自分の命が危ない。自分を守るにはひたすらいい子にしていなければならない。」

という生きる術を身に着けた。小さい頃ははそういう具体的な言葉はなかったけど、親は自分の命を脅かすかもしれない存在、のように思っていたことだけははっきり覚えている。

本当は親が子供に「あなたはそのままでいいんだよ。」という「無償の愛」を与えなければ子供は誰からも守ってもらえない。親が子供を守らなければ誰がその子を守るんだよ、と思うなあ。

劣等感

そんな家庭の中で育ったもんだからぼくは「どんなことにでも成績優秀でなければ自分の価値はない。」という思いが自然と心のなかに張り付くようになった。

常に他人と自分を比べ、自分より優秀なやつには嫉妬心を持ち、劣るやつには優越感を持つ、と言った感じだった。

でもね、劣等感が長く心に巣食うと自分に自信がなくなって自分を責めるんだよね。どんな些細なことでも、すべて自分のせいと思えてきちゃう。

相手はそんなつもりじゃないのにちょっと注意されたからと言って自分を全否定されたように感じる。まるで「これこれができないあなたは生きている価値がない」と言った感じに。

そんな思いがぼくの今の障がいを発生させた要因の一つかと思う。

過去はどんなに頑張っても変えることはできない

過去を変えることって無理だよね。まさか今から小さい頃に戻って親に対して、

「あんたらもう少し子供のいいところを認めて褒めてあげなよ。でないとこの子、将来大変なことになるよ。」

と言いに行くことも出来ないし。

出来ることと言えば、「自分の過去と劣等感を受け入れる」ことと、「人はひとりひとりちがってこそ価値がある。」ということを本当に心から受け入れられるように訓練する、しか無いんだろうなあ、と思う今日このごろです。

きっとこの記事を読んだ方の中には機能不全家族で育った、あるいはその中にいる方もいらっしゃるかもしれない。

そんなみなさんが、「あ、自分だけじゃない」と思って下さって肩の荷が下りれば嬉しいです。

 

(終わり)