双極性障害2型と生きる いつも上を見上げて 

うつ→双極性障害2型と闘いながら社会人やってます。時々ズッコケますが何とかやってます。この病気を一人でも多くの人に知ってもらいたいです。

初めて出会った「尊敬できる先生」

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転校

ぼくは中学2年になって九州へ転校した。

新しい中学は田舎の雰囲気がまだ残る、のんびりとした感じの学校だった。

しかし小学校時代に刷り込まれたぼくの性格は変わらなかった。

つまり、テストでは良い点数を取るのだが、授業では全く発言しない。聞いているふりをしているだけ。そしてリスクのある、つまり苦手なものには絶対に手を出さない、まるで「要領のいいずる賢い大人」のような子供だった。

大人なんて全く信用していなかったね。あのときは。

おっかない体育の先生

その新しい中学の時、全校生徒から恐ろしがられていた生活指導(つまり不良の取締り)の先生がいた。

何しろ体格はいいし、聞くところによると女子中学生に絡んできたチンピラをボコボコにしてしまったという噂もあるぐらいの先生だった。

ぼくの中学の治安は彼によって守られていた、と言っていいかも。

しかも見た目がいかにも「ヤクザっぽい」んだよね。授業中平気でタバコは吸うは、不良を平気で殴るは、運動会で親と一緒に酒は飲むは・・・。

あの時代はそれが許されたんだよね。今やったらとんでもないけど・・・。

まあ、体罰の是非はここでは議論するつもりはないけどね。

体育の授業内容

僕達のクラスの体育の授業の担任がその先生だった。

その先生はなぜか鉄棒が好きで、授業の始まりは高鉄棒の蹴上がりの練習だったんだ。

じつはぼくは鉄棒が大の苦手だった。それに自分に自信がなかったもんだから、みんなが練習している中で、何もしないで先生の顔色を伺っていた。そして練習が終わるとホッとしたものだった。

そんな日がしばらく続いた。

先生のメッセージ

そんなある日の体育の授業、いつもの通り鉄棒の練習中、ぼくは何もしないで練習が終わるのを待っていたが、みんなに、いや、誰にとは言わず独り言のように言った。

「俺さあ、昔自分は誰からも信じてもらえない、って思ったんだよな。いつも怒られてばっかりだったし。どうせろくなものにならないと思ってた。でもある先生から『お前は体力については人一倍のものを持ってる。だからまずそれを信じろって。』そしたら他のことも出来るようになって、今はなんと先生やってんだよ!自分でもびっくりだよな〜。」

ぼくは思った。これは明らかにぼくへのメッセージだ、と。

つまり、

「お前頭いいんだから鉄棒だってやればできんじゃね?やってみろよ。きっと出来るからよ!」

というかんじのね。

ぼくの中で何かが弾けた。そして次の瞬間、ぼくは高鉄棒にぶら下がり、もがいていた。もちろん、一回目でうまくいくわけがない。その日は無理だったが、ぼくはそれから体育の授業では懸命に鉄棒に取り組んだ。

奇跡は起きた!

それから何ヶ月たっただろうか?相変わらずぼくは高鉄棒と格闘を続けていた。

しかしある状況が変わっていた。

それはクラス全員がぼくを応援してくれ、いろいろとアドバイスをしてくれるようになったのだ。

これは何も先生が言いだしたわけではない。クラスメートが自主的に、いや自然に始めたことだ。出来るやつが出来ないやつを助ける、という関係が自然とクラスに出来ていたのだ。

ぼくは最後の「出来ないヤツ」だった。しかしある日のこと、

ぼくの身体はもう少しで鉄棒から落ちない所まで来ていた。するとクラスの一人が、

「マイク!身体が上に行ったら、くの字に曲げろ!」

ぼくは何回かそれを繰り返した。しかしできなかった。

先生は、「じゃあ今日の鉄棒はここまで。」と言った。しかしクラスのみんなが、

「先生、あと10分ください!きっとマイクは出来ます!」

先生は言った。「ほんじゃあ、今日は一日鉄棒じゃ。」

その次にトライした瞬間、

ぼくの身体はしっかりと鉄棒の上にあった。

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みんなまるで自分のことのように、「よっしゃ〜!!」と雄叫びを挙げていた。

クラスメートの中にはほんとに泣き出しているやつもいた。

先生は半分涙声で言った。

「マイク、お前は大したもんじゃ!さらにこのクラスも大したもんじゃ!」

その後

その学期の終業式、ぼくたちのクラスの男子の体育の成績は、

全員が「5」

だった。

ぼくは体育で5をとったのは、後にも先にもこのときだけだ。

 

ちなみにこの三年後、この先生は顧問を勤めていた女子ソフトボール部を全国優勝に導いた。

 

(おわり)