双極性障害2型と生きる いつも上を見上げて 

うつ→双極性障害2型と闘いながら社会人やってます。時々ズッコケますが何とかやってます。この病気を一人でも多くの人に知ってもらいたいです。

Be yourself, no matter what they say!(なんと言われようと、自分自身であれ!)

今日は平成時代最後の日。明日から新しい時代、「令和」が始まる。

まずは今の天皇、皇后両陛下に心からのお礼と、「今までお疲れ様でした。」と言いたい。

また、明日即位される新天皇、皇后両陛下には、「これから頑張ってください。」とも。

ぼくは今の皇室と国民の関係はとても理想的だと思っている。これからも皇室と国民との距離が近くあってほしい、と思う。

障がい者のエリート?

さて、本題。

以前、ツイッターで以下のようなご批判を頂いた。

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ぼくとしてはそのようなつもりではなく、むしろエイブラハム・リンカーンほどではないにせよ、同じ障がいを抱えている仲間にとって、「障がいを抱えていてもうまく付き合えばここまでやれるんだ。」という自信と勇気を与えたい、と思ってやっているつもりだったし今もそのつもりだ。

でも自分自身を振り返ってみると、決して障がい者をバカにしていないが、周りからの偏見や罵声に対して、「なんと言われようと自分は決して障がいに負けたくはない。我がなすべきことは我のみぞ知る、だ。」と思ってきたつもりなのだが、おそらくそれが文体に現れ、誤解を受けてしまったのかもしれない。

だとしたら実に不徳の致すところ、だ。

常に自分自身という「軸」を持つことの大切さ

ぼくのツイッター、またブログ仲間で春うさぎさんという方がいる。

haruusagi-kyo.hateblo.jp

彼女はぼくと同じ双極性障害2型を患っている。しかしその中で先日惜しくも他界されたお母さんの世話、そして今も弟さんの世話をされている。

更に彼女にのブログをご覧になるとわかるが、彼女には「絵を描く」というずば抜けた才能がある。

彼女はそれをしっかりと自分のぶれない自分軸として確立しておられ、調子を崩してもそこだけは失っていない。それがたとえ彼女が双極性障害2型にある抑うつ期に陥っても、また回復させるための原動力になっているのでは?とぼくは思っている。

なんと言われようと、自分自身であれ

彼女のブログを読むとその自己分析力には脱帽させられる。ぼくはここに双極性障害2型に限らず精神疾患と付き合うコツが有るのでは?と思う。

つまり自分が調子が悪くなったときにどのような思考形態になるのか?また逆に軽躁状態のときにどうなるのか?それをしっかりと分析し、自分のあるべき姿、目標をしっかりと自分軸として持っていれば、社会生活は可能だと思う。ちなみにぼくが自分軸として持っているのは、

「周りになんと言われようと、社会に参加し、社会に貢献する。」

だ。

そのために常に思っているのは

"Be yourself, no matter what they say."(なんと言われようと、自分自身であれ。)

だ。

はたまた、説教じみてしまっただろうか?ご容赦願いたい。ゴメンね。